「思う」と「考える」の違い

日本語の使い方

この記事では、「思う」と「考える」の違いについて説明します。この二つは同じような意味の言葉に思えますが、いったいどのように使い分けるのでしょう。

「思う」とは

「思う」とは、「感情・感覚・判断内容を意識すること」です。「考える」に置き換えられる場合もありますが、基本的には、心で感じたことの場合や、自分だけのものの見方・感じ方によっていて、誰もが納得できるわけではない意見・判断などの場合に使います。「思う」は、「考える」より情意的・主観的なのです。

たとえば、「彼女はかわいいと思う」の「かわいい」は感情ですし、「今日は昨日より暑いと思う」の「暑い」は感覚ですし、「スタイルが良いからモデルかと思った」の「モデルか」は判断内容です。どれも知的・客観的というより、情意的・主観的です。頭を使ってあれこれ考えたものでなければ、誰もが納得できる理由を提示して説明できるものでもありません。

「~のことを思う」は、対象を恋しく思ったり、心配したりすることです。「彼のことを思う」と言うと、彼のことを恋しく思っていることに、「子どものことを思う」と言うと、子どものことを心配していることになります。

「私は~と思う」は、希望や漠然とした意見です。「将来は看護師になりたいと思う」は、ただ「なりたい」と希望しているだけで具体的にどういう手立てで看護師になるかまでは考えていません。「あなたの出した答えは正しいと思う」は、「本当に正しいかはわからないけれど」「他の人はどう思っているかわからないけれど」といった前置きの付く、「“個人的には”正しいと思う」という漠然とした意見です。

「考える」とは

「考える」とは、「結論を導き出すために知力を働かせること」です。「思う」に置き換えられる場合もありますが、基本的には、結論に至るまでの思考過程がある場合や、自分だけのものの見方・感じ方にとらわれない、誰もが納得できる意見・判断などの場合に使います。「思う」が情意的・主観的なのに対し、「考える」は知的・客観的です。直感的なものでなければ、個人の価値観によっているものでもありません。

「~のことを考える」は、対象を分析したり、対象の状況・気持ちなどを推し量ったりすることです。「失敗の原因を考える」と言うと、どうして失敗したのか分析することに、「相手の都合を考える」と言うと、「体調が悪い」「金欠である」「用事がある」といった、相手の事情を汲み取ることになります。

「私は~と考える」は、論理的に結論を導き出すことです。「将来は看護師になろうと考えている」は、ただ「なりたい」と希望しているだけでなく、具体的にどういう手立てで看護師になるかまで考えています。「あなたの出した答えは私の考える答えと同じだ」は、あいまいな意見ではなく、筋道を立てて出した思考過程のある意見です。

まとめ

  • 「思う」とは、感情・感覚・判断内容を意識することで、情意的・主観的なもの
  • 「考える」とは、結論を導き出すために知力を働かせることで、知的・客観的なもの

それでは、また!